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◇“不合格”となった佐藤薫さん
 群馬大学医学部を受験した56歳の主婦に、司法は再び“不合格判定”を下した。目黒区の主婦、佐藤薫さん(56)は27日の前橋地裁判決の瞬間、「体の力が抜けた」という。群馬県庁で記者会見に臨み「残念の一言」と声を絞った。【伊澤拓也】
 佐藤さんが医学の道を志したのは00年冬。父森田豊さん(当時81歳)が肺機能低下で亡くなったのがきっかけだった。入退院を繰り返した晩年、徐々に歩行や記憶する力を失っていく父の姿を見て「いい一生だったと思える最期を迎えさせてあげたかった」と、高齢者医療への強い思いがわいたという。50代で医師になった女性を新聞記事で見て、決意した。
 午前4時に起き、1日約4時間、通信教育の課題に取り組んだ。慶応大工学部を卒業して以来の「勉強」に戸惑いもあった。だが、会社員の夫(58)と長男(29)はいつも応援してくれた。判決を迎えたこの日の朝も「頑張って」と送り出してくれた。
 入学を願った大学への気持ちは複雑だ。「広く門戸を開放する」。入試要項の一文を信じたが、結果的に落ちた。「理由は年齢しかない」との思いは今もくすぶる。「人間は無限の可能性を持っていると思う。いくつになっても挑戦する機会が与えられる社会であってほしい」
 控訴するかはまだ決めていない。だが「医師になりたい気持ちはある」と、夢は捨てていない。
 ◇肩透かし感がある--一橋大法学研究科の高橋滋教授(行政法)
 大学入試などの合否に裁判所が立ち入れるかどうかは難しい面がある。今回は判例・通説を踏まえた判決だ。ただ、審理の過程で入試の詳細な資料を持つ大学側が面接結果などの証拠を開示するか、もしくは裁判所が要求しても良かったのではないか。原告の立証不足を指摘して訴えを退けているが「肩透かし感」がある判決と言える。
 ◇拒否理由を明確に--早稲田大法務研究科の戸波江二教授(憲法)
 年齢が不合格に影響したと推認でき、社会的責任を帯びる国立大学の手続きとしては適正でない。医学部の目的が医師の育成にあるとしても、高齢者の教育を受ける権利を侵害してはならないはずだ。判決は「年齢を理由とする入学拒否とは認められない」としているが、ならば裁判で理由をもっと明確にすべきだった。
 ◇妥当な判決--小林時雄・群馬大学生受入課長
 大学の主張を認めた妥当な判決。合否は全教授で審議し、学長が決めるもので通常、恣意(しい)的な判断をする余地はない。今回のケースは、電話対応した担当者が原告に誤解を与えてしまったもので、入試方法に問題があるという認識はない。これからも公正な入試に努めたい。
 ◇同世代も疑問の声
 佐藤さんと同世代からも判決に対する疑問の声があがった。
 杉並区阿佐谷南で長男とともにスポーツ店を経営する滝口美恵子さん(54)は「50代でも若い人は若い。可能か不可能かは本人が決めること。差別と偏見に満ちた判決」と怒りをあらわに。「体力の必要な外科医なら若い方が向くかもしれないが、へき地医療や高齢者医療なら、人生経験豊富なほうがいい。断固として最後まで戦ってほしいが、時間がたてば年をとるだけ。大学側が早く認めるべきだ」と強調した。
 また、台東区橋場、「生活と健康を守る会」職員、神田久男さん(57)は「医者が足りない現状なのだから、意欲のある人材を活用すべきだ。長期の勉強が難しいというなら、医療スタッフとなるなど、さまざまな活用方法があると思う。学問の自由の観点からもおかしい判決だと思う」と述べた。



 【群馬大医学部訴訟】
 佐藤薫さん(56)は昨春の入試で群馬大医学部医学科を受験し、不合格に。得点の情報開示を求めると、大学入試センター試験と2次試験の合計点が、合格者平均より10点ほど高かった。佐藤さんは、大学側が「ほぼ10年の育成期間を考えると年齢が問題になる」と説明したとし、「法の下の平等、教育を受ける権利に反する」と前橋地裁に訴えた。27日、地裁は佐藤さんの請求を棄却。「年齢差別が明白とは認められない」としている。(毎日新聞) – 10月28日11時2分更新


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